ミスFLASH

2020年10月24日土曜日

ソーイングセットが100円!?!?

(入院中に書いた記事です)

いつも行ってるキャンドゥで水筒やらソーイングセット(100円!?すげえ!)(持っていたやつはたぶん捨てられた)やら糸ようじを購入。出たらその向かいに、なんかおいしそうなカフェがあった。迷ったが入りました。
中は広すぎず狭すぎず、きちんと行き届いた内装で、グランドピアノとかがあって素敵だった。ケーキセットで飲み物はロイヤルミルクティー、ケーキは人気というロールケーキを頼んだ。おいしかった(私は何食べても「おいしかった」、映画は「おもしろかった」しか言わない)。たまにカフェとか入ると生活が潤っていいですね。
それはそうと、ケーキは昔住んでた国分寺の喫茶店のものが未だに一番おいしいと思う。店名は覚えてない。場所もあやふや。また辿り着けるかも謎。それでは砂漠に浮かぶ蜃気楼ではないか。でも今度行って探してみようと思う。健闘を祈ってくれ。お礼はちゅーる2本で!(ハマった)

しずからまた荷物が届いた。感激である。漫画が数冊、ゲームソフトが数本、大好きな『こぐまのケーキ屋さん』のぬいぐるみ、可愛い飴。全然何も言ってなかったからサプライズだった。うれしい。ありがとう。お礼をどうしようか悩む。ちゅーる10000000本で!いや別にはの帝国の通貨はちゅーるじゃない。どうしよう。

脱毛を諦めていたのだが、仲の良い患者さんが「私は入院中に行ったわよ」という強い発言をしていて、カウンセリング予約の電話をしてみた。そうしたら医療行為だからかすげえ厳重なシステムで、銀行に届けた印鑑等が必要らしい。どうしよう、たぶんない。泣く泣くキャンセルした。
前にも私は当然医療脱毛をしてたんですよ。あまり覚えてはないけど。でもたぶん終わってない。なんか残ってる毛がある。毛ね…生命力で言えば当然私<毛です。私のようなクズい土壌に、こんな生命力あふるる方々が生息しているのは奇跡なんだけど、鬱陶しいことには変わりないので退院したら脱毛の続きをします。…(続きはチアーズで)(懐かしっ!一発変換で出る)

2020年10月21日水曜日

一転

世界がくるると回って、自分が今居る場所と一緒に居る人や時系列のことがまったくわからなくなった。ショック症状である。

こんな時、いつも好きなことをした。文章を書いたり、絵を描いたり、オブジェクトの配置やガイドライン作成、簡単な加工、誰でもできる死に方。死に方について語るのは良そう。しばらくして、一人もわからないことに気づいたが問題はなく、自家用車からは排気ガスが出て温暖化の原因の一つを作っていく。地球はまもなく終わる

2020年10月20日火曜日

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おしっこをもらしてしまって本当にごめんなさい。寝てなかったから、安心したのか寝てしまい、後片付けをしないで本当にごめんなさい。私でないとできない活動があって、遅れないようきちんとしなくてはならず、メロンをお口にぶちこんでごめんなさい。身体もたくさん動かします。その動きは、優美かつエレガント。私が日頃から気をつけていることです。でも段取りを覚えるのにまだ精一杯で、なんの躊躇もなくその場をあとにしてごめんなさい。皮肉じゃなく、悪口でも決してなく、お伝えします。あなたのそばにいると、--を選ばざるを得ないのよ。

2020年10月18日日曜日

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「おれは自立してる人が好き」
そうなんだ。自分の意見をはっきり言えてすごい!
他に言いたいことがある?私を囲っている意味とか、聞いてみたいな。話したい時でいいよ。あったかいミルク飲む?

フィリアはつまるところ、私に何か言いたいのだ。いいんだよ。しあわせ。どんどん話を聞かせてね。

ドアノブがすべり落ちてくるから、修理しなくてはならない。

2020年10月17日土曜日

恥骨めちゃくちゃ

「はなちゃんの恥骨らへんのレントゲン、すごかったの。めちゃくちゃになってて」

母に言われてから、解剖学のご本を何冊勉強しても私は、「めちゃくちゃに」のイメージが先行してしまい、結局自分の恥骨はめちゃくちゃになったことしかわからなかった。
わたしはよくおしっこを漏らす。逆に、おしっこがしたくてお手洗いに行っても、出ない。
おそらく恥骨の辺りがめちゃくちゃになったからだ。

私は芸能活動をすべて「活動」としか言わない。美容院などにおいては、「仕事」としぶしぶ言うかもしれない。だって活動じゃん。それ以外言いようがないし、他人の仕事も、絶対に別単語に言い換えが可能だ。「仕事」と聞くと尋常でないくらいいらいらする。「忙しい」という語も大嫌いだ。みんな死にたいのだろうか。飛び降りたいからそう言うのだろうか。私はもう御免だ。投げ打った4年を、ド下手になった字を、描けない絵を、絶対に二度と弾けることのないピアノを、醜く残った傷を、奪われたすごい額を思って苛々するし同時に悲しくてならないからクスリを始めた。誰が責められるだろう。

はなちゃんめちゃくちゃだったよ。
めちゃくちゃだったよ。
早いところすべてめちゃくちゃになろう。

2020年10月16日金曜日

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おとこにあいされるためにわたしたちいるのかよ おまえのしんびがんにあわせんのきょうせいかよ だからおまえはいくつになっても1+1すらできないんだよ わたしがいってんのは、おそらくまわりもいってんのは、そういうはなしだ いつまでもくだらないやつらからしか じんぼうをえることなく ぜんいんばかにしながら しんでいくよりは わたし がんばって たくさんぼろぼろになってしぬ

誰も助けてくれなかった。ドライバーに笑顔で運転がうまいですねとほめた。なんか買ってきていいよとお小遣いをくれた。起きてから初めて水を飲んだ。まったく酔わない。眠気も飛んだ。明日は早い。

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私は「仕事」「仕事」言うやつが大嫌いだ。父が私に1回も、「仕事」と言ってこなかったかもしれない。
ため息をつくやつも大嫌いだ。母が「はなちゃん、ため息をつくとしあわせが逃げちゃうよ」と、私に繰り返し教えてくれたというのがある。
ちなみに、ここで言う「大嫌い」とは、「死んで詫びろ」の意。

いずれも理由は、「人を不快にさせない」に尽きると思う。なぜ周りが、そんなごく簡単なことをまったくもってできないのか理解できない。

精神科で薬を大量にもらい、覚醒剤まがいの薬も大量に自分でそろえ、食事が摂れなくなり、病的に痩せ、セックスが上手になり、自分が気持ちよくなることは一切考慮せず、意見はすべて反故にされ、まるで私がおかしいかのように熨斗を叩きつけられ、段ボールに住めと遠回しに言われ、最終的にベランダから飛び込む

だけでできるのに。
「誰一人として不快にさせない」ことは、そんなことで、そんな簡単なことで、とてもらくに誰でもできるのに。
なぜ周囲を一切鑑みずに、「自分は生きる」ということが、皆選択肢にあがるのだろう。なぜ「死んで詫びる」ことができないのだろう。

私は"概念"の話をしています。
何度も何度も何度も何度も言うように、「特定の人物」についてが、私の大切な日記に書き記されることは、妄想だけでもたいへんおこがましい。それこそ死んでくださいね。

とはいえ、不思議でならない。
とっても不思議でーす。